11月2日(土)死者の日2日目。
2日目の方が大事だという人が言うくらい実は祝日にはならないこの2日目の方に
特に近い家族のお墓参りはこちらでする人がいるくらいの日です。

いつもより賑わっている墓地の周りのお花屋さん
この日は私たちは主人の両親の眠る墓地へ行きました。
それから、私の大切な、かけがえのない最初のお友達だった下の階に住んでいた
リプカおばあちゃんも同じ場所に眠っています。
おばあちゃんの味「Pańska skórka」
入り口ではここでも食べ物を売っている人たちがいましたが、やっぱり
一番多いのは「パンスカスクルカ」。
最近は若い子が売っているけどいい仕事になるのかな
?

ここでもお花と、それからリプカさんにキャンドルを買いました。


お花は紫の大きなものを。
ちなみにこれ大きなもので1鉢25zł。今のレートがとても高くて1zł=38円だとしても
それで計算しても950円。
こんな大きな菊の鉢が1000円しないなんて、まずこんなに綺麗に咲かさるのと、
これを運んでくるのと、それから土や鉢代、袋代諸々と考えたら
花を綺麗に咲かすのが下手な私はもう安すぎるのではと思ってしまいました。
それでも主人からすれば、昔は今の3分の1くらいで買えたけどね〜と。
そうだよねぇ…物価上がったよねぇ…それを思えばこんなもんか。
これの仕入れだと10złもしないとからしいので、一体おおもとの人たちは
利益はあるのだろうか…

キャンドルの種類もさまざま。
ちなみにこれらは基本的に使い捨てなので1シーズンで捨ててしまいます。
ちょっと勿体無いと思ってしまうほどの綺麗な作りです。
ガラスです。

安いものだとこのあたり。
もっとシンプルな一番安いものだと5złだったかな?
今回はリプカさんに左から2番目の金色の十字架付きのを買いました。
リプカさんも敬虔なクリスチャンでしたので

いい天気で気温は10度くらいだったので日が出ているし
寒くないかなとロングのダウンベストコートで来たのですが寒かった
やっぱり空気がもう冷たいです。
でもおかげで黄葉は綺麗です

ここの墓地も来るたびにお墓が増えていて、
主人の両親のお墓は以前は端の方だったのですが今となってはもう先に先にあたらしいお墓が
できていて、「お墓広くなったなぁ…」なんて思いました。
コロナの時は特に一気に増えました。
それまでは年々増えているなんて思ったことなかったのです。

昼間の墓地も綺麗です。
どこも大きな菊の植木鉢もしくはほかのお花もたくさん。
そしていろんな大きさ、かたちのキャンドル。
お墓の形も素材もいろいろあるので本当に見ていて飽きません。
名前探しも
たまたまこの日、そういえば知り合いが亡くなったらしいんだけど場所がわからなくて
この辺のはずなんだ。と主人が言っていて、
主人が祈っている間(何か唱えるのですが)暇なので名前を聞いて
お墓探しをしました。
ちゃんと目的があったなかで一つ一つのお墓を見て回れるというのは
これまた楽しかった。
結局お墓(知り合いのお父さんが眠っているところ)自体は見つけられたのですが、
そこには入っていないみたいで
このお墓のHPで検索したけどもやっぱりヒットしないからここには
入っていなさそう…お父さんと別ってことはすでに自分のお墓があったのか…
結婚していて別に作ったのかな?
この後に、リプカさんのお墓へ。
リプカさんのお墓には昨日から灯り続けているキャンドルがたくさんあって、
その火を継ぐように新しくキャンドルを置きました。
リプカさんは苗字なので、本当はこちらの人なら下の名前で呼ぶのが一般的なのですが
ポーランドに来たばかりの私は最初から下の名前なんて呼べず、
苗字で呼んでいました。
そしてリプカさんはいつも私の名前が覚えられなくて
女なのにaで終わらないから余計に変なので、名前なんてどうでもいいと
この時初めて思いました。それよりも他の人たちと同じようにmoja kochanaとか
大した意味はない誰にでも言う言葉なんだけども、それが逆に嬉しかったです。
リプカさんは、ほとんどポーランド語がわからない私にもいつも優しくしてくれて、
こちらに来なさいよとお部屋に招待してくれて、
ベランダから外を一緒に眺めたり、
いつも紅茶を淹れてくれておやつを一緒に食べたり、
一緒にテレビを見たり、
それでよく日本のことを紹介しているから知っているのよって教えてくれたり、
どんな時でも優しい笑顔で、可愛くて、リプカさんと話したくてポーランド語を
ちゃんと勉強しようって思えて今があるくらいポーランドで生きる目的になっていました。
つらいときも、リプカさんがいたから今までこれた。
田舎で周りに何もなくて外にも出られなくて、
つらかった中での唯一の心の安寧だったリプカさん。
私の誕生日の1週間後に突然倒れてそのまま亡くなってしまった。
あれからもう4年。
リプカさんにもう会えないことが今でも悲しくて、少し思い出すだけですぐ涙が出てきます。
初めて顔が痛くなるほど泣いて、本当にしばらく痛くて顔を冷やさなければいけなかったけど
でも涙が止まらなくて、とお葬式からのしばらくの間は大変でした。
いろんな思い出があって、私のポーランドのおばあちゃんだったリプカさん。
たくさんの形見の品ももらったので今でも私のそばで感じています。
あぁまた止まらなくなってしまうのでこの辺で終わりにします。
クリスマスにまたお墓参りに行きます!
<リプカさんの形見の品々>
<ポーランドの食器>沢山の思い出をもらいました。
<リプカさんに教えてもらったコレンダという行事>
<文化>Kolędaコレンダがありました