まず、チケットの予約。“このフライトはキャンセルが許されません。”
そうしっかり書いてあるものでした。
記入をしていって、荷物の数を申請する所がありました。
見るとなんと無制限!!
「えぇ!!何個でもいいの!?そしたら食料買い込んで持っていけば2週間楽に生き延びれるかな 」
しかし、肝心のキャリーケースがありません。
買い足そうかとも思いましたが、家にキャリーケースが沢山あるので置き場に困ってしまいます…
しかし諦めきれず持っていけるものだけ持っていこうと布の旅行カバンに詰め、
ダイソーでぐるぐる巻にできるラップを買い、一つ増やしました。
元々持っていたキャリーケース2つ+機内用キャリーケース1つ+ぐるぐる巻バッグです。
次に席も選ぶことが出来ました。
するとどうでしょう、意外と埋まっていました!

前々からどう座るんだろうとは思っていましたが、
てっきり一人ひとり飛ばしで、隣同士座るのはNGだと思っていたらいつも通りでした。
別便でポーランドから日本へ帰って来れた友人は3列一人で座れたよと言っていたので
私もせめて隣はいない方がいいなと祈りつつ選びました。
そして、気になる(?)このチャーターのチケット価格ですが、2,348.63 zł =約70,000円強です。
日本からの往復航空券のチケットを考えると
往復の半分と思えばそんなもんと思うかもしれませんが
(それでも片道航空券というのは普通に買うと半分より高いのが通常です)
ポーランドからの日本往復の航空券と言うのは大体この値段以下なのです。
航空券と言うのは出発地の国の物価に合わせてあるのでポーランド発は安いのです。
いつもは往復6万円程度で帰って来ていたのですが、
今回は片道でそれ以上なので思わぬ出費…しかしチャーターだからしょうがない。
それに埋まる事もないだろうし、LOTとしてもすでに営業としては既に大赤字のはず。
現地ではこのチャーター便も政府がお金の為だけにやっていると叩かれているようですが
実際ほぼ埋まっていた機内にいた9割のポーランド人はやっと帰れた訳です。
むしろこの状況でも経済を回せることが出来るならいい事だと私は思うのですが……。
という事で予約をして、
大変だ!3日後にはもう出発だ!!
突然焦りだす心。でも実家だし雨だし足もないしで
誰に会うこともなく家で穏やかに過ごしつつ荷造りしたのでした。
Twitterでも呟いたのですが、いつも別れの2日前が1番悲しくて
「まだ日本にいたいよーこのまま日本に住めたらいいのに」と
この状況で戻るのは少し辛い決断でした。
日本の方が絶対安全だと医療的にも文化的にも色々あったからです。
それでも主人が待っている。
1番に私を心配してくれる人がずっと一人で待ってくれている。
日本で一人悠々自適な生活もいいけども“結婚とは”“家族とは”と思うと
周りを見てもみな家族と一緒。
今の1番の家族は主人。
主人の元にいなくては、と気持ちが変わりました。

〈成田空港〉
出発時刻は10:30。
と言う事は2時間前の8:30にいれば良かったのですが早めに出過ぎで到着したのは7:30。
ガランとはしていますが、それでも結構人はいました。


おぉぉ~見事に殆どのフライトはキャンセル!!!
この世の終わりのようなスケジュール板ですね
今だからこそのなかなか見れない状態だなぁといい物を見れた気分でもありました
意外とまだ各方面のフライトがありました。
ウランバートル、ソウル、ワルシャワ、バンコク、タシケント、上海etc…

この行列は中国人だったので恐らく人数を考えても北京行きだと思われます。

そしてLOTのチェックインカウンター。
早すぎると思いましたが行ってみたらすでに開いていて、
こちらも並ぶほどのポーランド人がいました。
久しぶりにポーランド人に囲まれました。
チェックイン時におでこにピッと熱も測りました。

チェックイン後まだ時間があったので、展望デッキに飛行機を見に行こうと
上がったのですが、途中のお土産屋さんはあいていて少しホッとしました。
しかしこの時まだ8時前なのでお客さんはいないようでした。

セキュリティに入るにも入り口を制限していてこのように並びました。
しかしなかなか進まない理由が分かりました。
ほぼ9割外国人の今なのに入り口にいるスタッフは
「バーコードをこっち!」「はいここからまだ出ないで」
「そっちは出てて!」と、日本語しか言わず更にちょっと恐い強めの言い方なのです。
せめてhere とかwaitとかoppositeくらい
言えばすぐわかるのにと思いましたがあくまでも日本語のみで
右も左も外国人がゲートを止めていました。
荷物検査の場所でもスタッフは同様で、私の後ろの女の子は全く分からず
泣きそうになって家族と顔合わせてどうしたらいいの、という状態に見えましたが
そんなのもお構いなし。
あくまでも大きな声で日本語しか言わない、ジェスチャーもしないスタッフ。
もう可哀想で我慢できず、意地悪をしているんじゃないかと思う程のスタッフのあとに
「その荷物を倒せって言ってるよ」と英語とジェスチャーで声をかけました。
セキュリティなんて外国人と話すことが多い場所だと思うのですが
私が通ったところにいた4人全員日本語のみ(しかも圧力掛けた強めの言い方)だったのが
非常に不愉快でした。
たった紙袋を倒すだけのことだったのです。
代わりに倒せばいいのにそれはしない、(外国なら勝手に倒されます)
でも無駄に何度もトレーを目の前に戻して「はい荷物は倒してくださいねー」と
何度も日本語で言うだけ。無駄に時間をかけてるようにも見えました。
せっかく日本で出来たいい思い出も、国を出る時にこれでは良い思いがあっても
嫌いになりそうです。私自身も非常に不愉快でした。
空港で働く人は少なからず英語は出来るものだと思っていたのですががっかりです。
イライラしながらも、長蛇の列のパスポートコントロールを
日本国籍の私は一人隣のがら空きの専用レーンで先に。
いつも逆なのでとても不思議な気分でした。
免税店は一部開いていましたが閉まっている所も多かったです。
朝が早かったからなのか、それともコロナだからかは分かりませんがエルメスとティファニーは
コロナの影響で閉まっていました。シャネルはコスメ品だけの所が開いていました。

ゲートへ向かう途中ソウル行きの搭乗手続き始まっているのが見えましたが、
周りにも数人いた程度でこれもチャーター便だったのでしょうか、先ほどの中国人と比べて
随分人数が少ない様に思いました。
ワルシャワ行きのゲートについて時間まで過ごします。
恐らくですが、今回乗った日本人(もしくは日本のパスポート)は私含め3人のようです。
ゲート着いてからしばらくしてアナウンスで呼び出され
ポーランドの身分証明書再提示がありました。
それにしても見事にポーランド人だらけ!
こんなに日本にいたのかと少しびっくりしました。
観光で来てた人々なのでしょうか、
チェックイン並んでいる時も思ったのですが荷物が皆私より少なかったです
帰れなくなってから滞在費用はどうしていたんだろう?
ホテルは大変だろうし、何か対策があったのかな。
私のように3週間も延ばす人はそもそもいないかもしれませんね、
その前にLOTだったら帰れていたのかも。
でも今いるってことはいつ日本に来たんでしょうね?
つづく↓3へ 次は機内での様子です。